■芸術こそが進むべき路を見失わない羅針盤。 [Feb 2003]

現代の芸術家(アーチスト)と呼ばれる人たちの中に、大した技術も持たないまま“作品で何かを表現すれば芸術”と思い込んでいる人がいて、観ている方が恥ずかしくなってしまうことがありますが、本来“芸術”とは、「文化、文明の最高の技術」または、「その質の高さの表現」であり、またそうでなければならないのです。歴史上、いつの時代においてもその時代の旬な文明を用いて、その文明の表現方法を知る人々の、想像の限界を超えた作品こそが真の芸術とされ、その作者こそがその時代の最高の技術者、すなわち芸術家と呼ばれてきたのです。そしてこのホンモノの芸術こそが、その時代ごとに人々の意識を高め、社会に貢献してきました。イタリアルネッサンス時代が残した多大な影響はいうまでもないところですが、今も尚、ヨーロッパの多くの国ではこれら芸術を羅針盤として重んじているのです。その始まりは、王や皇帝といった権力者たちが自分たちの享楽のためだけにとどまらず、仲間や敵対者一般市民に対して自らの権力と威光を誇示するための手段として芸術を利用してきたのかも知れませんが、それら各界の芸術家たちを常に支援してきたからこそ、人々の意識が高まり、すばらしい歴史を築いてこれたともいえるのです。しかし…日本の場合、芸術に対する意識が非常に低く、芸術の本来の深い意味を軽視しすぎている?させられている?のではないでしょうか。一日も早く目を覚まして、私たち国民一人一人が意識を高く持ち、芸術を羅針盤と重んじるこれらヨーロッパ文化から「真の豊かさとは何か?」を学び、私たちの先輩方々が残してくれた多くの日本の美や伝統、芸術に触れ、素晴らしい作品を尊重する意識を持つことができれば、今の“葬られたニッポンの心”を甦らせてくれるものと私は信じて止みません。

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